2017年12月7日

買取について

12月に入り、少しずつ店頭買取や出張買取の問い合せが増えてきました。また、年末の大掃除、中掃除にあわせて読み終わった本、棚に入らなくなった本の処分を考えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。そういうときには、ぜひ弊店をご利用ください。まだスケジュールに空きはあります。そういうことで今回は買取についてです。

店頭での買取は一冊から受け付けています。文庫、新書、コミック、絵本、一般書、専門書など幅広いジャンルの取り扱いがあります。特に力を入れているのは、映画、美術、写真、建築、デザイン、外国文学、現代思想、社会思想、詩歌俳句などの文芸全般です。これらの硬めのジャンルでは洋書も積極的に買取しています。

出張買取について。たとえば武蔵野市、三鷹市のご近所の方ならば、引っ越し用の段ボール箱で一個以上を目安にぜひご相談ください。調布市、小平市、西東京市、小金井市、国分寺市、杉並区、練馬区、中野区の方ならば、引っ越し用の段ボール箱で二個以上を目安にご相談ください。そのほかの町にお住いの方ももちろん歓迎します。内容次第では遠方にお伺いすることもできます。
これらはあくまで目安で、内容次第では買取に伺えない場合もありますが、反対に少量でもお引き受けできることもあります。まずはお電話を。

ちなみにここ最近の出張買取の実例としては、①同じ町内でコミック4箱、②緑町でコミック6箱、③井口方面で社会思想関連の単行本と新書本が小さめの箱に3箱、④阿佐ヶ谷で教育学、社会学、文庫本が250冊前後、⑤国分寺市で絵本、児童書、美術書が300冊前後、⑥荻窪でクラシックCDが2箱、などなど。

いろいろと書いてきましたが、何はともあれ本の処分をお考えの際は、ぜひ弊店にご相談ください。お話をするなかで、その本のよりよい活かし方をいっしょに考えていければと思います。よろしくお願いします。

2017年11月30日

くどいようですが……

営業時間の変更のお知らせです。12月から営業時間が11:00~21:00に変更になります。
ご不便をおかけする方もいらっしゃると思いますが、何卒ご理解のほどお願いいたします。

2017年11月28日

購書日記(12)

定休日の火曜日。なんだかんだで早朝から夕方までを店で作業をしながら過ごす。11月は後半に買取に恵まれて棚が充実してきた。自然と月末の落としどころが見えてくる。店を出たのは夕方過ぎで、南口の啓文堂へ。川上弘美『森へ行きましょう』を買う。川上弘美は小説というものの言葉にできない不思議さを感じさせてくれる数少ない作家のひとりだと思う。じっくり読みたい。妻とリトルスターレストランで食事。酔っ払ったせいか、また本屋に行きたくなる。アトレの文教堂に行き、雁須磨子『湯気と誘惑のバカンス』、新潮文庫のJ・ルナール『にんじん』を買う。今はストーブの前でマンガから読んでいます。しあわせ。

2017年11月25日

営業時間の変更のことなど

12月から営業時間が変わります。元々の営業時間から開店と閉店をともに一時間早めて、11時開店、21時閉店。特に夜にお越しいただく際はお気をつけください。いつも夜遅くに来るMさんにそのことを告げると案の定の大ブーイング。諸々説明して納得していただく。自分も学生時代や会社に務めていた頃は、遅くまで営業している古本屋がありがたかった。閉店時間を早めることの心苦しさもあるが、ここは「理」よりも「利」を取ったかたち。Yさん、Sさんにも前もって言っておこう。いろいろなことを思いつつ、もうすぐ12月。2017年も残りわずか。


最近俳句に興味を持ったという若いひとと話していて、高濱虚子が意外と読めなくて困る、という話題になった。岩波文庫の『虚子五句集』上下二冊はともに版元品切れで重版再開待ち。こういうときこそ古本屋の出番で、ぜひ探してみてほしい。もちろん弊店で仕入れられるように頑張ってみるつもりだけれども。ちなみに自分は最初、古本屋で買った中央公論社『日本の詩歌』の端本で読んでいた。これには「五句集」からの抄出が出ていて解説も有難かった。うす紫色の函と表紙、四六判よりもやや小柄な判型と、造本も可憐。


近所の新刊書店で本を買おうとして、そこで働かれている店員の何人かの方が、弊店の常連の方だと気がついた。極端な話、自分は古本屋は新刊書店のひとからは嫌われたとしても仕方がないと思っていたので、だからそういう風にふつうに店に足を運んでいただいているのがとてもうれしかった。本が好きなひとの多くは新刊、古本の分け隔てなく本を買うはず。自分も新刊で欲しい本がたくさんあるから、頑張って古本を売ってお金を稼ぎたいと思う。うまく共存していければいい。ちなみにその時はOさんへの誕生日プレゼントで絵本を買いました。


某日。大阪・葉ね文庫で池上さんから弊店を薦められて足を運んで下さったという方が立て続けに来店。ありがたい。葉ね文庫は大阪の中崎町にある不思議な本屋。詩歌俳句に力を入れつつ、新刊、古書、リトルプレスのそれぞれに同じぐらいづつ棚と力を割いているようなイメージで、傍から見るとそのバランスが絶妙と言うか、やろうと思ってできるものでもなさそうな棚づくり。東京にお住いの詩歌俳句読者のみなさんも、ぜひ大阪に足をのばすときには葉ね文庫にも寄ってみてください。ほんとうに面白いお店です。


雨の日は読書を、ということで冷たい雨でお客さんの少なかった過日はゆっくり本を読んでいた。伊藤詩織『Black Box』は興味深く読んだ。2015年に起こった準強姦事件の被害者である著者が、その事件と捜査、その後逮捕状が出されたにも関わらず逮捕がなされず容疑者が不起訴処分となるまでのことを綴ったもの。警視庁の人間による不当と思われる諸々の判断をめぐるルポとして読み応えがあり、また性犯罪の被害者をめぐる環境がまったく準備されていない(制度的にも人間感情的にも)現状の告発という点でも勉強になった。


もう一冊。トーマス・マン&渡辺一夫『五つの証言』(中公文庫)はマンのエッセイに渡辺のエッセイとそれを踏まえた中野重治との往復書簡をあわせたもの。反戦のユマニストの主張は今なお色あせない。「これ(資本主義)が多くの人間を不幸にするようなところまで硬化してきた以上は、進んでこの制度を変えるか棄てるかせねばならない。人間のくせにこの制度の奴隷となり機械となって、この制度の必然的結末とも言える戦争まで起すことは、笑うべき愚挙である」。共産主義に傾倒していた時期の一文で、もちろん省みるべき点はあるとして、感情的には今の自分が読んでもとても理解できる。


常連のTさんが職場の花屋で扱っている花の写真をいろいろと見せてくれた。自分は植物は問答無用で枯らせてしまう人間なので憧れるだけだが、その憧れるというのがとても大切な気がした。本もそうで、装丁の美しさや可愛らしさに憧れたり、きっと自分が知りたいことが書かれているはず、というそこに綴じられた秘密に憧れたり、そういう気持ちが本を手に取らせるのだと思う。普段あまり使わない言葉を連呼したせいか、トリュフォーの『あこがれ』が見たくなってきた。ユスターシュの『サンタクロースの眼は青い』も。あのダッフル・コートへの強烈な憧れ! 話が脱線したところで、今日はここまで。

2017年11月21日

購書日記(11)

オットー・ネーベル展が観たくて渋谷のBunkamura Museumへ。ワイマールのバウハウスでそのキャリアをスタートさせ、亡命先のベルンで活動をつづけた作家について知りつつ観る(良くも悪しくもキャプション多し)。ちょうどトーマス・マンの亡命時代のエッセイを読んでいたので、理解にイレギュラーな流れが生まれる。ここでマン以外の最近の読書のことも。小川高義訳でヘミングウェイの『老人と海』を読んだ。昔読んだ福田恆存訳と印象がかなり異なりとまどうが、個人的には小川訳が好き。大きな声を出さないサンチャゴ。力を込めておすすめしたい。話を渋谷に戻して、12月に閉店するという古本屋の巽堂書店へ。ここではこれまでにも店頭の200円の棚でかなりよい本を買わせていただいた。値付けが大らかと言うのか、言葉にするのが難しいが、遊んでくれていたのだと思う。最後に足を運べてよかった。均一で三一書房『現代短歌大系』11巻、店内の棚で井上究一郎『幾夜寝覚』などを買った。古本屋が無くなるのはさびしい。

2017年11月15日

購書日記(10)

火曜日は定休日。ゆっくり起きて、店で少し作業。源泉徴収分の納税などで税務署へ。お金を払い、領収書を受け取るだけで1時間ほどもかかってしまう。そういうものなのか。池袋でひとと会い、それだけで帰るのがもったいなくて古書往来座へ。『誓子自選句集』(新潮文庫)、中村真一郎編『立原道造詩集』(角川文庫)、阿部良雄『若いヨーロッパ』(中公文庫)と、絶版文庫をあれこれ買う。いずれも書き込みアリだがお買い得だった。吉祥寺のBOOKSルーエでは伊藤詩織『Black Box』を買い、三鷹の啓文堂ではe-honで注文していたバーバラ・ジョンソン『批評的差異』を受け取る。その頃にはもう日も暮れていて、妻は用事で出かけているのだと気づいてカフェとバーミヤンを梯子して読書。ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』とトルーマン・カポーティ『誕生日の子どもたち』を読んだ。「クリスマスの思い出」は同じカポーティの『ティファニーで朝食を』でも読んでいた。寂しくて暖かくて、とても好きな短編。バーバラ・ジョンソンを読みはじめ。

2017年11月14日

水中書店から出かける三鷹まち歩きマップ

「水中書店から出かける三鷹まち歩きマップ」というフリーペーパーをつくりました。A4二つ折り、4頁というちいさな冊子です。普段から足を運ぶ近所のお店を紹介した、めちゃくちゃミニマルなローカル情報メディア。三鷹北口では水中書店、テオレマカフェ、南口ではよもぎBOOKS、リトルスターレストランでお配りしています。


イラストとデザインはイラストレーターのコルシカさん(corsicadayo.tumblr.com)が担当してくれました。この冊子をつくりたいという最初のアイデアが生まれたときから、コルシカさんのイラストが頭にありました。とても素敵に(本当に素敵なのです。常套句を軽い気持ちでつかっているのではないのです。)仕上げていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。また、取材、掲載を許可して下さった各店のみなさま、テキストで協力して下さったFさん、どうもありがとうございました。
画像は冊子の現物と、コルシカさんが記念につくってくれたキャラ化した私です。

2017年11月7日

購書日記(9)

定休日。遅く起きて、ゆっくりと仕度をして店へ。事務仕事、振り込みなどを済ませる。ツヴェタン・トドロフの『文学が脅かされている』から表題の評論を読み終え。「文学の自律性」という形式主義や構造主義の価値観に対する疑いに貫かれた文章。引用されていたジョルジュ・サンドがフローベールに宛てた手紙の「ニュアンスこそ芸術の目的なのです」という一節に惹きつけられる。「ニュアンス」という言葉が語源的に「天候」という言葉に近いのだと、あるひとが教えてくれたのを思い出した。妻と待ち合わせていた国立に早く着き、みちくさ書店で文庫を二冊買う。三好達治訳のフランシス・ジャム『夜の歌』(新潮文庫)が殊更うれしい。100円だった。妻と合流してオープンしたばかりのMuseum Shop Tでヘミングウェイを、増田書店でフーコーを、帰りがけにpaper wallでツェランを、と勢いがついたように買ってしまう。まぁ、たまにはよいのでは。

2017年11月1日

いろいろ

11月がはじまったところで久々の更新です(本当は昨夜更新したのですがあまりにもテンションが低くて自分で読み返しても萎えるような代物であったため削除しました)。まずはお知らせで、今月から営業時間が変わります。11月は11:00~22:00の営業、12月からは11:00~21:00の営業となります。ご不便をおかけする方もいらっしゃると思いますが、ご理解のほどお願い申し上げます。


10月、雨が多くて古本屋的にしんどかったというのもあったが、試しに10時開店にしたのが堪えた。10時開店だと8時台には起きなければならないのだけれど、もうどうにもこうにも。本当に早起きが苦手なのだと。それまでは開店前に読書時間をつくっていたのでこれも儘ならず、本当に本の読めない一か月でした。けっこう前の投稿でツヴェタン・トドロフを読んでいるという話をしましたが、まだ読んでいます。……。今月はもっと本を読む時間がつくりたい。


26日は兄の誕生日でした。兄の好みや欲しいものがまったく分からず、姪に宛てて絵本を送ることで、兄には子どもに本を読む機会を提供する、という風にここ数年はしている。それでも文句を言って寄こさないのだから、理解があると言えなくもない。今年はエリック・カールや11ぴきのねこの本を送りました。気に入ってくれるといいな(姪が)。


いつも均一の本を買ってくれるお客さんが地域の歴史に詳しくて、たまにお話を伺うのがたのしい。この間は武蔵野東学園の創設者、北原キヨの話をしてくれた。自分には未知の人だったが自閉症の児童教育の分野ではとても著名なひとらしい。自閉児を健常児から隔離するのではない混成学級を基礎として武蔵野東幼稚園を開園。これが現在の武蔵野東学園の前身ということらしい。関連書もかなり出ていて、機会に恵まれれば力を入れていきたい分野でもある。まずは何か一冊でも手元に置いて読んでみようと思う。


某日。久しぶりに「日本の小説家では誰が一番好きなの?」と訊かれて考え込む。「堀辰雄か福永武彦ですかね……」と答えたものの、どうにも自分で釈然としない。後でほかにも答えようがあったのではないかと思い悩む。庄野潤三、小沼丹、山川方夫、遠藤周作、山田稔、尾崎翠……。なかなか決められない。いや、もちろん堀辰雄も福永武彦も大好きなのだけれど。数年前に神保町の老舗の番頭の方にみんなで同じような質問をしたとき「志賀直哉」と即答されたのを思い出す。あの歯切れのよさ。


東京でも木枯らし一号が吹いたとかで、めっきり寒くなった。年末が近づいてくる。うろ覚えだが、今年のはじめには新しいことに挑戦する一年をどうにか乗り越えられれば、ということを一年の目標にしたはず。従業員を雇いながらのやり繰りにも少しずつ慣れてきた。今年も残すは二か月ばかり。滑り込むように、少し攻めの姿勢に転じつつ年を越したい。

2017年10月5日

水中書店も加盟している東京都古書籍商業協同組合が主催する「古書の日スタンプラリー」が昨日からはじまりました。都内の73店に特製のスタンプが設置され、これを台紙に集めていくと、スタンプの数によりけりの景品がもらえる、という催しです。いつもたくさんの古本屋をまわっていらっしゃる方、行ったことがない古本屋に行くためのきっかけが欲しかった方、スタンプラリーが大好きな方、ぜひご参加ください。期間は来月5日まで。台紙はスタンプラリーに参加しているお店の店頭で配布しています。野崎歓さん、ホンマタカシさん、石神井書林の内堀弘さんのエッセイも掲載。メ~探偵コショタンの顔が目印。


スタンプはそれぞれ一つの文芸作品をモチーフにしていて、弊店に割り当てられたのは上司小剣の「鱧の皮」のスタンプ。恥ずかしながら小剣のことはまったく知らなくて、なんだか地味そうな作品の表題にもがっかり。どうせなら梶井基次郎「檸檬」(八王子・むしくい堂)や横光利一「機械」(学芸大学・流浪堂)や中勘助「銀の匙」(日暮里・信天翁)がよかった、などとぶつくさ。それでも「まずは読んでみよう」と新刊でポプラ社から出ている百年文庫『膳』の巻を購入(この巻に藤沢桓夫「茶人」などとともに収録されている)した。今日市場の行き帰りに読んだのだけれど、これがとても面白くて、スタンプもすっかり気に入ってしまった。


「鱧の皮」は、道頓堀で鰻屋を営む女将のお文のある一日を描いた作品で、彼女のもとに家出した道楽者の夫からの手紙が届くところからはじまる。この夫にすっかり愛想を尽かしている母親や叔父との軽妙な会話では夫のことなど鼻にもかけていないように装いながらも、母親や叔父には気づかれない胸のうちに、お文はまだ夫のことを懐かしがるような気持ちを持っている、そういう様が描かれている。ざわめくお文の感情をなだめるように合間合間に挿入される町の描写がうつくしい。お文が叔父といっしょに千日前の雑踏を歩く後半などを読んでいると、夫婦の人情話は口実で、作者はこの作品で町というものについての考えを深めたかったのだろうか、と思ってしまうほどその町の描写が素晴らしい。


百年文庫の巻末の解説によると、上司小剣は明治7年、奈良県の代々神主の家に生まれた。大阪で学生生活を送り、代用教員を経て上京。読売新聞社に務めながら執筆に向かった。当時の読売新聞社の社会部には徳田秋声、島村抱月がいて、後輩として正宗白鳥がいるなど文芸の薫りが豊かな職場であったらしい。1906年に創刊した雑誌『簡易生活』に主に小説を発表して、1914年に『ホトトギス』に「鱧の皮」が掲載されるとこれが評判になり、作家としての地位を築くに至ったらしい。「田山花袋、近松秋江、加能作次郎らの賞讃」を受けた、とある。京阪を舞台にさまざまな作品を書いたが、読売新聞社を退社後は変わりゆく都市とひとへの関心から四部作になる長編『東京』を書き、晩年は歴史伝記小説に向かった。昭和22年没。


もっと別のことを書こうとしていたのに、すっかりスタンプラリーと上司小剣のことばかりになってしまった。少し別の話も。木曜日に店員Oさんと顔を合わせると、休みのあいだにどんな本を買ったり読んだりしていたかという報告合戦になる。今日は火曜日に新宿のBOOK UNIONで買った臼田捷治編著『書影の森――筑摩書房の装丁1940-2014』(みずのわ出版)を見せびらかす。しっかり羨ましがってくれて、満足。持つべきは同僚である。Oさんは服部昇大『日ポン語ラップの美ー子ちゃん』(このマンガがすごい!comics)を読んでいると見せてくれた。たしかに画が可愛くて、その上めちゃくちゃ面白そう。早速e-honで注文する。ついでに「鱧の皮」の話もすると、これにも興味を持ってくれてうれしい。


とりあえず今日はここまで。今月から午前10時に開店するというのを試していて、早く起きることで気持ちにも影響があるということなのか、最近ほんとうに仕事がたのしいです。秋は読書の季節ということもあります。気が向いたとき、足が向いたとき、ぜひ水中書店にお立ち寄りください。面白そうな本、すてきそうな本、たくさん揃えてお待ちしています。それでは、また。

2017年10月3日

購書日記(8)

定休日。昨晩からの雨はあがって曇空。割と早く起きて神保町へ。古書会館で用事を済ませて東京堂書店に行くと、入ってすぐのところで北村太郎のささやかなフェアをしていた。詩集『港の人』新装新版の刊行にあわせて、ということらしい。ここでは『北村太郎を探して』(北冬舎)を購入。2004年に出ていた本で、まだ読んだことがなかった。装丁が微妙だが仕方ない。澤口書店では映画評論家で詩人の飯島正が亡き妻のために編んだ遺稿歌集、飯島志寿子『雪雪と』を見つけて買う。私家版だが製作は新潮社とある。可憐な装丁は田中美子。映画を観ようと新宿に行くと、ちょうどその映画を見てきたところだというS書店のNさんにばったり出くわす。世間話などして、映画までの時間つぶしのつもりでBOOK UNIONへ。ここで前々から欲しいと思っていた臼田捷治編著『書影の森――筑摩書房の装幀1940-2014』(みずのわ出版)を見つけて、値段に少し怯みつつ思いきって買う。ひさびさに古本にときめきまくった一日。最近の読書のことも。ヘミングウェイの『日はまた昇る』(新潮文庫)と長谷正人の『ヴァナキュラー・モダニズムとしての映像文化』(東京大学出版会)をそれぞれ時間をかけて読んだ。後者、長谷正人ならではの書きつつ考え、考えつつ書く、実感と偶然の発見や気づきに満ちた文章に身もだえる。抜群に面白い。トドロフの『文学が脅かされている』(法政大学出版局)を読みはじめたところ。これも面白い。

2017年9月24日

営業時間の(試験的な)変更のお知らせ

営業時間の(試験的な)変更のお知らせです。10月1日から31日までの一か月間、試験的に営業時間を10:00から22:00までに変更いたします。開店時間を2時間早め、ひとの動きを見てみよう、という試みです。ご近所で午前中のほうが動きやすいという方、中央線の古本屋めぐりで午前中のうちに一店まわっておきたいという方、ぜひご利用ください。もちろん買取にも対応できます。まずは一か月、よろしくお願いいたします。

2017年9月18日

どうもありがとうございました

Independent Bookstore's BOOK FES 2017、無事終了しました。足を運んで下さったみなさま、どうもありがとうございました。一日目はずっと雨が降っていたにも関わらず客足が途切れることがなく、驚きました。二日目はそれまでの心配とは裏腹に炎天と言ってよいほどの好天。主宰のCat's Cradleが閉店するため今回が最後のイベントとなりましたが、全四回のイベントのうちでも最も盛り上がったのでは。

Cat's Cradleのみなさま、いっしょに出店して下さった本屋のみなさま、水中書店スタッフ、本当にありがとうございました。個人的にも一区切りついたようなすっきりした気持ちです。水中書店は今後はイベントでの出店は控え、これまで以上に店に注力しようと考えています。今後ともよろしくお願いします。

2017年9月17日

9月17日、早じまいします

9月17日、少し早めですが、今日は店じまいにします。よろしくお願いします。明日は通常営業です。

2017年9月16日

Independent Bookstore's BOOK FESのお知らせ

明日から早稲田のCat's Cradleにて、Independent Bookstore's BOOK FESがはじまります。台風が近づいてきているなかでの開催。たくさんのひとにイベントに足を運んでいただきたい気持ちと、もうまったく無理をする必要はなくこういうときは家にいるのが一番という気持ちがせめぎ合っています。お越しになる場合はどうか本当にお気をつけて。会場はブック・カフェの店内ですので、着いてしまえば快適に過ごすことができると思います。
三鷹の店のほうは天候のこともあり休むことも考えたのですが、今のところは通常どおり営業しようと思っています。もし途中で早じまいをするときはすぐにこのブログでお知らせします。遠方からお越しの際は直前にブログをチェックしてからにしていただいたほうがよいかも知れません。

2017年9月14日

戯言

週末台風予報。
古本祭典台風直撃。
我心配也。

本日南米文学読了。
大変満足。

最近夜間来客少数。
超暇。
営業時間変更思案。
例十一時開店九時閉店。
意見募集。

馬場先生十一匹猫資料発見報道。
興味津々。

2017年9月13日

購書日記(7)

定休日の火曜日は朝から雨。午前中に店に行き、パソコンに向かってひと仕事。午後と言うより夕方か、外に出ると雨はあがっていた。南口の啓文堂書店でe-honで注文していた本を受け取る。山崎佳代子『秘やかな朝』(書肆山田)、本橋成一『青函連絡船の人びと』(津軽書房)、岸本尚毅『高濱虚子の百句』(ふらんす堂)、『第三回田中裕明賞』(ふらんす堂)の4冊。それぞれ手にしたくて堪らなかった本。店員さんが輸送用のパッケージから本を取り出してくれるのを眺めながらも、うれしい。近くのドトール・コーヒーで買ったばかりの本を撫でまわす。しみじみうれしい。今読んでいる本の話も。フリオ・リャマサーレスの『無声映画のシーン』(河出書房新社)と大浦康介『対面的』(筑摩書房)。リャマサーレスは数日前に読み終えた堀辰雄の作品にも通じるような、捉えどころのない心像の揺らぎを現実のイメージ(映画、写真、絵画、鏡や硝子窓の反映)に喩えて描く仕方がとてもうつくしくて好きだ。『黄色い雨』(河出文庫)にも写真、鏡や硝子窓の反映の比喩が多かったような気がする。

2017年9月8日

お知らせ

東京四季出版から刊行された福田若之句集『自生地』の帯に短い推薦の言葉を寄せさせていただきました。紀伊國屋書店の梅﨑さん、葉ね文庫の池上さんといっしょに。この句集、とても面白いのですが、そのボリュームや構成、数々の仕掛けや賭けられた作者の感情を思うとその「面白さ」を評するのにはかなりの覚悟が必要なはずで、今はその覚悟がないのでもろもろを回避するためにもあえて浅薄な言葉で。とにかく、めちゃくちゃ面白い句集です。俳句だけではなく、現代の小説や批評の読者、映画や音楽や美術やマンガに関心のあるひとにも読んでもらえたら。たとえばポール・オースターが好きなひと、ロラン・バルトが好きなひと、ジョナス・メカスが好きなひと、山本直樹が好きなひと、そういうひと達がこの句集を好きになるという可能性が全然ある。めちゃくちゃある。そういう開かれた書物です。

2017年9月3日

夏季休業のお知らせ、ふたたび

「夏季」と言うかもう秋ですよね。なんだかすみません。何はともあれお休みのお知らせを、しつこく。明日4日(月)から6日(水)までの三日間、水中書店はお休みとなります。ご了承ください。

火曜以外の曜日に休めるのも稀なので、予定をいろいろと考えるのがたのしいです。ひさびさに中央線の火曜定休の古本屋に足を運べるな、とか、青いカバにも行ってみたいけど遠いな、とか、Titleで面白そうな展示をしていると聞いたな、とか、映画もいいな、とか、とにかく明るいうちから吞みたいな、とか。

2017年9月2日

新しい本 その3

ひさびさに入荷している新刊書籍の紹介です。こういう情報の発信にはSNSがないと不便だとつくづく感じ入りながら。それにしても好い本、好さそうな本が揃っています。大きな新刊書店でも手に入らないもの、入りにくいものもあります。ぜひチェックしてみてください。


短歌と俳句、二冊のアンソロジー

『桜前線開架宣言』(左右社)
2,376円(定価)

『天の川銀河発電所』(左右社)
2,376円(定価)

1970年以降生まれの歌人のアンソロジー『桜前線開架宣言』が左右社から出たのは2015年の年末。この刊行をひとつの象徴として、2016年はまるで自分が短歌の面白さに包囲されていってしまうような、力づよい流れを感じさせられた一年になりました。水中書店でも本書は常時在庫あり。根づよい人気の一冊です。以下、収録作品からの引用です。

  偶然に知りたるきみの体温をおもへば夏の樹皮に似てゐき(横山未来子)

  一枚の水つらぬきて跳ね上がるイルカをけふの憧れとせり(同)

  いちにちの読点としてめぐすりをさすとき吾をうつ蝉時雨(光森裕樹)

  あかねさすGoogle Earthに一切の夜なき世界を巡りて飽かず(同)

  しばらくは眼というぬるき水面に葉陰映して君を待ちおり(大森静佳)

  ひらがなは漢字よりやや死に近い気がして雲の底のむらさき(同)

  はちぐわつのきみの触れたりきみはもう存在するとは別の仕方で(吉田隼人)

  びいだまに世界宿してラムネとはつね透きとほるたましひの比喩(同)

そしてこの夏、待望の俳句のアンソロジー『天の川銀河発電所』が同じ左右社から刊行されました。1968年以降生まれの54人の俳人をそれぞれ「おもしろい」「かっこいい」「かわいい」のセクションに分け、対談形式の「読み解き実況」を付す、チャレンジングな入門書にして必携書。以下、収録作品からの引用です。

  学名のひびき他界の秋を帯び(小津夜景)

  水ぬるむ日のあをいろを鳥に巻く(同)

  春泥を来て汝が部屋に倦みにけり(榮猿丸)

  裸なり朝の鏡に入れる君(同)

  サルビアや砂にしたたる午後の影(津川絵理子)

  真清水を飲むやゆつくり言葉になる(同)

  柚子の花君に目があり見開かれ(佐藤文香)

  歩く鳥世界にはよろこびがある(同)


探していた詩集

朝吹亮二『密室論』(七月堂)
2,160円(定価)

白鳥央堂『晴れる空よりもうつくしいもの』(思潮社)
2,376円(定価)

古書として人気の高い朝吹亮二の詩集のなかでも、殊更に探すこと、手に入れることが難しかった『密室論』が待望の新装復刊。ようやく一冊の詩集として手に取ることができるようになりました。金澤一志による装丁の軽やかさは元版にはなかったもの。『まばゆいばかりの』で詩人を知ったというひとにもぜひ読んでいただきたい名詩集です。
2012年に刊行された白鳥央堂の第一詩集『晴れる空よりもうつくしいもの』も入荷しています。わたしが白鳥央堂をはじめて知ったのは森本孝徳が主宰する詩誌『Lyttoral』でのことで、そのときには本書は既に版元品切となっていました。そのときは古本屋を何軒もまわってようやく手にしたのでした。今回は著者の手元にある分から分けていただくことができました。定価での販売です。


夏葉社と編集工房ノアの本

埴原一亟『古本小説集』(夏葉社)
2,376円(定価)

涸沢純平『遅れ時計の詩人――編集工房ノア著者追悼記』(編集工房ノア)
2,160円(予価)

夏葉社の新刊、埴原一亟『古本小説集』を入荷しています。戦前に三度芥川賞の候補になりつつ受賞を逃し、古本屋や保育園の経営の傍ら小説を書きつづけた作家の作品集。撰者は善行堂店主の山本善行。櫻井久による装丁もすてきな一冊です。
編集工房ノアの社主、涸沢純平のはじめての著書『遅れ時計の詩人――編集工房ノア著者追悼記』はまだ入荷していませんが、注文済み。今月8日ぐらいに本が出来上がるそうなので、入荷はその後になるかと思います。この本を目あてに遠方からいらっしゃる場合は予めお電話で入荷を確認していただいてからのほうがよいかも知れません。

2017年8月29日

パターソンと購書

ジム・ジャームッシュの映画『パターソン』を観てきた。ニュージャージー州のパターソンという町に暮らす、ある男の、ある一週間のできごと。男はバス運転手で詩を書く。くり返す一日、細部のざわめき、ちいさな事件、しずかなカタストロフィ。まるで詩人のような気持ちで、日々を過ごしてみたい。あるいは詩人になれない自分のままの気持ちで、詩を書いてみたい。そういう気持ちになった。
映画は新宿で観たのだけれど、電車に乗る前にCORALの啓文堂書店を覗くと、左右社の新刊『天の川銀河発電所』が入荷していた。購入。現代俳句のなかでも1968年以降に生まれた世代の俳人たちに限定したアンソロジー。近所の本屋で見つけられてよかった。ちなみに水中書店でも近日中に入荷の予定です。

2017年8月17日

水中で

八月。半ば過ぎ。雨が多い。どうにか明るい前向きなことを書きたい。…………。最近心動かされたのは、そういうなかでも本を買ってくれるひとがいるということだ。天気の話は置いておいても、今の時代本を買わない理由ならいくらでもある。景気はよくないのだろうし、みんな忙しくて本を読む時間がなかったり、読書ではない別の娯楽も多いはず。それでも一冊の本が売れるというのは、そのひとのその本への好奇心や憧れがそれらの要因に勝ったということで、それはすごいことだと思う。そういう一冊の移動を、古本屋の棚から誰かの手への移動を、積み重ねていきたい。


来月17日、18日に開催のIndependent Bookstore's BOOK FESの準備をすすめている。はじめて参加した2014年の棚の写真がPCのフォルダにあり、合間に懐かしく眺める。まだ店舗の棚も埋まっていなくて、本が足りずに苦し紛れに私物の本もけっこう出した。苦渋の想いで出したが、そういう本に限って売れなくてそれも辛かった(今野くんが好きな本は売れない、というHさんの言葉が思い出された)。あのときはTIGER BOOKSが売り上げでは一番で、上機嫌のKさんは「Cat's Cradleの近くで実店舗を出したい」と快活だった。あれから三年。時が経つのが早い。


三年前には中学生だった常連の男の子も、もう大学受験を控えていたりする。「八歳と十歳の隔たりは単に二年の差ではない。何十年にも相当する深い溝がそこにはある。のちに君が二十歳から四十歳にかけてカバーする距離に等しい、人生の一時期から別時期への途方もない跳躍である」。ちょうど読み終わったオースターの本に出てくる一節。よく店に来てくれる彼は八歳や十歳ではないわけだけれど、それでも自分の眼からするととても凝縮された数年間を過ごしている。そういう時期に、彼の生活のメインストリームの端にであれ、水中書店があるというのはうれしい。


日記のようにあったことを淡々と書いてみたいのだけれど、うまくいかない。昔から日記をつけるのが苦手だ。学生のころ、飽きないように毎日文体を『人間失格』風、西村京太郎風、サン=テグジュペリ風(と言うよりは内藤濯風)と変えながら日記をつけてみたことがあった。あまり続かなかった。先にも引用したオースターの本で、作者自身も若いころ日記をつける習慣が身につかなかったと書いていた。「日誌でわからないのは、いったい誰に向けて語ればいいのかだった」。「現在に没頭するあまり、実は未来の自分に宛てて書いているのだということが見えていなかったのだ」。


一方で、ひとが書いた日記や、日記のかたちがとられた文学作品に惹かれる。俳句に惹かれるのも、この詩形に何となく日記のような味わいがあるからだと思う。ある俳人が、句集をつくるとき、時系列ではなく、四季別で句を並べると、季節を口実に別々の時期にできた句もランダムに並べることができて句集の欠点が見えづらくなると書いていた。句がうまく作れる時期、あまりうまく作れない時期があるものだから、時系列では「このあたりの句がよくない」というのが見えてしまうと。それを読んで、それでは自分が惹かれている「日記らしさ」が薄まってしまうのではないか、と思ったのを思い出した。とは言え四季別の並びの句集にも好きなものは多いのだけれど。


最近読んだ本では荻原魚雷『日常学事始』が抜群に面白かった。二頁か三頁の短いコラム集で、生活の実践にあたっての著者なりの発見や、経験に裏打ちされたコツ、考えていることなどがユーモアある文体でまとめられている。文章の高すぎない密度が心地よく、ずっと読んでいられる。最後の数行でオチをつける巧みさに、実はまだその意味をよく理解していない「コラム」なるものの醍醐味を直観する。「野球の野は野菜の野」「デカルトの悲劇をごぞんじですか?」など名言、名台詞が多い。そのほかではポール・オースター『内面からの報告書』。そのなかに、作者がまだ若いころ、最初の妻となる前のリディア・デイヴィスに書き送った手紙が引かれていて、そこで見つけた一文を。「良い本を見つけて水中で読み給え」。1969年6月11日の手紙から。

2017年8月12日

お盆休みのお知らせ

今年のお盆休みはどうしようか、と考えつつ決めかねていて、もう八月半ばなので今月中の休みを今更告知するのではお客さまには不便な話だな、ということで来月のあたまに休みをとることにしました。下記のようなかたちで4日(月)から6日(水)まで定休日をはさんで三連休にしてみます。ゆっくり本でも読みたいです。

9月2日(土)営 業
9月3日(日)営 業
9月4日(月)お休み
9月5日(火)定休日
9月6日(水)お休み
9月7日(木)営 業

それでも臨時休業ですのでご不便をおかけする方もいらっしゃると思いますが、何卒ご理解のほどお願いいたします。

2017年8月3日

Independent Bookstore's BOOK FES 2017

お知らせです。
今年も早稲田のブックカフェCat's Cradleが主催するIndependent Bookstore's BOOK FESに参加させていただくことになりました。日程が例年よりも一月ほど早いのはCat's Cradleが来月末でお店を閉めてしまうからで、今回が最後のBOOK FESとなります。思い返してみると、水中書店を開店した2014年の第一回から参加させていただいていて、個人的にも思い出の詰まった場所とイベント。これが最後になってしまうのはとても淋しいですが、水中書店らしい棚をつくって少しでも多くの方がCat's Cradleに足を運んで下さるようにがんばりたいところです。
近いうちに配布をはじめるBOOK FESのチラシの画像データを送っていただきました。



くれぐれも勘違いがあるとけないのですが、BOOK FESのある9月17日~18日でお店を閉めてしまうわけではなく、お店は9月末まで営業する予定とのことです。自分もBOOK FESが終わった後にでも(当日は設営、撤収などでバタバタするので)ゆっくりお茶と読書をたのしみに足を運びたいと思っています。

以下、詳細です。チラシと内容は重なりますが。

Independent Bookstore's BOOK FES 2017

Cat's Cradle
早稲田鶴巻町538岩田ビル1F

2017. 9. 17~9. 18
10:00~18:00

CAST
クラリスブックス
15時の犬
古書ソオダ水
葉ね文庫
古本ブックエンド
忘日舎
よこわけ文庫
らせん堂
古本ユニットricca
レインボーブックス
水中書店

今回、水中書店は詩集、歌集、句集を中心に棚をつくろうと思っています。なにか特別なモチベーションがない限り、このBOOK FESの後はしばらく外売りを控えるつもりでもいて、そういう意味でも、こう、力を出し切りたいというか、よい棚をつくりたいという気持ちです。クラリスブックス、15時の犬、葉ね文庫など、いっしょに参加する各店も面白い古本屋ばかりです。ぜひ足をお運びください。よろしくお願いします。

2017年7月27日

『隔月新聞ごはん』は夏ランチ

リトルスターレストラン発行『隔月新聞ごはん』の新しい号が到着しています。いつも思うのだけれどこのクオリティのフリーペーパーを隔月で出せるというのはものすごいこと。よもぎBOOKSの辰巳さんといっしょに連載している「新・本のソムリエ」。今回のテーマは「ひんやりする本」ということで二人とも背筋がひんやりするような怖い本(?)を紹介しています。水中書店では入口付近のフリーペーパーのラックで配布しております。ぜひ手に取ってご覧ください。


一面は「夏ランチ」ということでおいしそうなチキンカツカレーとフレッシュトマトのハンバーグの写真がドンと出ています。まんまと釣られて、近いうちにランチを食べに行こうか、などと妻と相談していたりします。水中書店の常連さんでも「このひとリトスタのこと好きになってくれるかも!」という方がたくさんいらっしゃるので、唐突にこの新聞を手渡すかも知れませんが、そのときはよろしくお願いします。

2017年7月26日

最近考えたことなど

梅雨から夏は古本屋にとってはなかなか大変な季節だ。そういうときだから、一冊の本を買っていただけるということの重さが身に沁みる。いつの間にか、本が売れるということ、買って下さるひとがいるということに慣れてしまっていたのかも知れない。考えてみれば今のような時代に、たとえ一冊でも本が売れるということ、買って下さるひとがいるというのはすごいことなのだ。その面白さ、ふしぎ、かけがえのなさにもっと自覚的でありたい。


ご報告。今月15日に行われた「タワーズマルシェ@むさしの」に参加しました。16時から20時という短い時間でしたが、たくさんのひとに足を運んでいただくことができました。ありがとうございました。はじめて水中書店のことを知ったという方もちらほらおられて、店の宣伝ということでも有意義でした。それにしても暑かった。


某日。熊本の古書汽水社の佐藤さんから水中書店のことを教えてもらったという方が足を運んで下さる。こういうのはうれしい。俳句が好きな方で、好きな俳人や俳句の話もできてたのしかった。話しているうちに、お互いに俳句を読むのは大好きで、最近になって自分でもつくりはじめたばかりだということが分かって親近感を抱く。歳時記が読みものとしてめちゃくちゃ面白いという話。自分でつくるとなると難しいが、いざという時のために句帳は鞄に入れているという話。


そういうことで俳句のこと。先日池袋のジュンク堂でふと手にした藤井あかり『封緘』がとても気に入っている。「夏蝶にしばらく日陰なかりけり」「折紙を折れば夏至なる影をもつ」「夏至の日を映しおほせし水面かな」「書出しのインクを垂らしたき泉」「遠く見て風の重さの百日紅」「君家に着きたる頃の雷雨かな」「印刷屋すずしき音を立ててゐて」「もの書けば余白の生まれ秋隣」。とても好きになれそうな句集が傍らにあるというのがうれしい。好きなだけ飲んで構わないめちゃくちゃおいしい水がある、ような気持ち。


その流れで最近の読書のこと。ジョージ・オーウェルの『1984年』をハヤカワepi文庫の新訳で読んだ。ピンチョンによる解説付きのお得な一冊。あまりに有名な現代社会のあり方に警鐘を鳴らす寓話。細部にちりばめられた、主人公の管理社会以前の過去への想い(それは書物や手紙や硝子製のペーパーウェイトなどへの愛情のかたちで顕われる)にほだされる。


はじめに書いた梅雨から夏の古本屋の事情から、日常的に「本当に街に本屋は必要なのか」「そもそも本を読むことに意味はあるのか」などの極端な問いを突きつけられているような気持ちでいるのだけれど、ざっくり答えると、読書はたのしい。そして読書生活をより充実させるためにも街に本屋はあったほうがよい、と勢いで押し切っておきたい。では、今日はこのあたりで。

2017年7月14日

購書と告知

今月に入ってからお店がヒマで、なかなかしんどい。今日は開き直って休憩をたくさんもらい、まずは南口の啓文堂へ。荻原魚雷さんのブログで知ったジョシュア・ウルフ・シェンク『POWERS OF TWO 二人で一人の天才』(英治出版)を探すも、見つからず。もう一冊探していた川添愛『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット――人工知能から考える「人と言葉」』(朝日出版社)もどうにも見つからない。こういうとき菊地信義さんならば、自分でその本を棚に見つけたときに装丁と視線のあいだで生まれる「劇」のためにも店員に場所を尋ねたりはしないのだろう、などと思いつつ店員に問い合わせる。すぐに二冊とも持ってきていただけて助かる。それにしても新刊書店でルポルタージュや自己啓発の本を探すのが本当にヘタクソだ。前に千葉雅也『勉強の哲学』を啓文堂で買ったときも、やはり場所がわからず店員の方のお世話になったのだった。
そういうわけで無事に二冊を購入。今月は本を買いすぎていて、後半は本当に一冊一冊を吟味して買わなければならないぞ、と考えながら北口のカフェ・ド・クリエ(店から近くて連絡があればすぐに戻れるので便利な)で買ったばかりの本を撫でる。しかし読むのは手持ちのジョージ・オーウェル『1984年』であったりする。人民の思想を矮小化するために、新しいことば(ニュースピーク)の語彙を減らしていくという超管理社会の政策に唸る。なるほどね。
ところで、明日は先日も告知したタワーズマルシェ@むさしのです。三鷹北口の武蔵野タワーズ公開空地で16時にスタート&20時までの夜のマルシェ。水中書店も古本をたくさん持っていきます。文庫、マンガ、サブカル、そのほかいろいろ。よろしくお願いします。甘味やお酒の出店もあるそう。そういうなかに出店するのははじめてで、少し緊張。

2017年7月12日

新しい本 その2

水中書店では、古書のほかに新刊書籍やリトルプレスも取り扱っています。今日はそのなかからいくつかを紹介させていただこうと思います。気になるものが見つかったら、ぜひ足をお運びください。ついでに古書の棚もご覧いただけたら、とてもうれしいです。古本好きの方も、時々目線を新刊の棚にうつしてみると、思いがけない出会いがあるかも知れません。


藤原安紀子の本

詩誌『カナリス』5号
1,080円(定価)

詩集『ア ナザ ミミクリ』(書肆山田)
2,808円(定価)

藤原安紀子さんの詩をはじめて読んだときのことはよく覚えています。そのときまでに自分は「現代詩というやつはこういう風に読めばよいのだろう」という、自分なりのコツのようなものを掴んだようなつもりでいましたが、藤原さんの詩を読んでみると、その言葉の前ではそういう自分の粗末な武装のようなものがまったく意味をなさないものであることは明らかで、途方に暮れるしかなかったのでした。そうして途方に暮れつつも、その言葉の連なりの心地よさ、力づよさ、おおきな謎に、こころ動かされたのだと思います。Fさんの紹介で藤原さんの主宰する同人誌『カナリス』を取り扱うようになったのは昨年のことで、今回は最新の5号を入荷しました。今号から時里二郎さんが新同人として参加しています。
『ア ナザ ミミクリ』は2013年に刊行された藤原さんの詩集です。ご縁ありこの本も新刊として取り扱いさせていただいています。全冊署名入りです。


ある個人詩誌

『Obscurity』1号
300円(定価)

『Obscurity』は詩人の逸可実和子さんの個人詩誌。その創刊号を入荷しています。著者は市民の詩のサークルへの参加をきっかけに詩に親しむようになり、「ささやかだけれど大切な言葉の贈り物を循環している人たちの中に私も入っていけたら」と本誌の創刊にいたった決心を語られています。奇しくも、『現代詩手帖』7月号の「詩誌月評」で、藤原安紀子さんが本誌について触れられています。「おそるおそる掬い上げ、手のひらに乗せ、そっと磨いてみたり、時に大胆に削ったりしながら慈しんできた、言葉への作者の誠意と努力が紙面から窺える」。このちいさな詩誌とは、ぜひ弊店の棚で出会っていただきたいです。


うたの鞄と手帖

『かばん』2017年6月号
500円(定価)

『カイエ』6号
500円(定価)

ともに短歌同人誌である『かばん』と『カイエ』は毎号刊行の度に入荷している数少ないタイトルです。『かばん』2017年6月号は東直子さん、東こころさん、原田洋子さんによる巻頭の特別作品をはじめ、充実の内容。「今月の一冊」では尼崎武歌集『新しい猫背の星』が採りあげられています。四月号から表紙装画はカシワイさん。とてもすてきです。
『カイエ』6号には「水の短歌」と題されたテーマ詠に頁が割かれていて、「水中書店」の店主としてはとても興味深く読ませていただきました。「眠るときわたしは波の舟底にゆられて思う、ゆれては沈む」(窪田政男)「水際のあそびさみしくここからは夏にほどける花首を持つ」(稲泉真紀)。


今日のところはここまで。水曜日は、まだ本調子が出ないものです。

2017年7月11日

購書日記(6)

午後の早い時間にやるべきことの最低限を済ませて、黄色い電車で高円寺へ。まず藍書店を覗く。冷やかすだけのつもりがずっと探していた近藤洋太『矢山哲治』(小沢書店)を見つけて購入。勢いをつけて大石書店では店頭の特価本を、アニマル洋子では川上弘美の文庫本を買う。ひさしぶりに七つ森でひと休み。学生のころを思い出す。妻と待ち合わせた新刊書店の文禄堂では気になっていたちくま新書の『時間の言語学』などを。一杯ひっかけた後に古書サンカクヤマへ足をのばして、山川出版社の日本史ブックレット『小林一茶』を買う。たくさん買ってしまった。うれしい。たのしい。アニマル洋子のOさんとも話したのだが、古本屋にとっては大変な時代であれ、とにかく古本を売ることも買うこともたのしみたい。それに尽きる。

2017年7月6日

本のことを中心に

最近時間が過ぎるのが本当に早い。今年も上半期が終わってしまい、もう七月。その七月も一週間が経とうとしている。いろいろと焦る。焦りの只中でのブログの更新です。


四月からずっと体の不調がつづいていた。虫歯になったり、疲れがとれなかったり、湿疹が悪化したり。そういう不調にもひと段落がついたのか、今朝、ふと今あまりそういう不調のためのストレスのようなものがないことに気づく。この殊更調子がよいわけではないが少なくともマイナスではない状態というのがほんとうに尊い。こういうときにこそできることがあるはず。


早稲田のブックカフェCat's Cradleのオーナーから連絡があり、今年も恒例のIndependent Bookstore's BOOK FESに参加させていただくことに。例年10月初旬の開催だったのが、今年は9月の開催とのこと。大阪の葉ね文庫さん、富山のよこわけ文庫さん、青森のらせん堂さんたちにお会いできるのもたのしみ。今回も面白そうな本をたくさん持っていこうと思っています。よろしくお願いします。詳細はそのうち。


このあいだ、ささま書店の藤田くんと久しぶりにゆっくり話した。「古本屋ってタイミングを売るみたいなところがあるじゃないですか」などと面白いことをさらりと言う。これを聞けただけでも一杯奢る価値があったというもの。それからずっと「タイミングを売る」ことについて考えている。あるいはどうすると「タイミングを売る」ことができない店になってしまうのか、ということについても。これについてはまた機会を改めて自分の考えを書いてみたい。


最近読んだ本のことも少し。昔からミステリーを読んでいても途中で犯人が分かった試しがない。しかし、最近読んだウィリアム・アイリッシュの『幻の女』では半分を過ぎたころで犯人の目星がつき、うれしくて小躍りする。妻にも「俺はこの小説の犯人が途中で分かったのだ」と自慢する。ところが最後まで読んでみると全然ちがう登場人物が犯人なのだった。目が節穴なのだと思う。


数学者の岡潔のエッセイをまとめた『岡潔――数学を志す人に』はとても興味深く読んだ。「ぼくは計算も論理もない数学をしてみたい」など、数学について決めてかかっていたイメージが覆るような、なんだかものすごいことばかりが書かれている。数学の話ではないところでは、中谷宇吉郎の弟、治宇二郎との交流に触れたくだりが忘れ難い。治宇二郎は1936年に脊椎カリエスで亡くなった。「私はこの人が生きているうちはただ一緒にいるだけで満足し、あまり数学の勉強に身がはいらなかった」。


その中谷治宇二郎は俳句を嗜んでいたそうだ。「戸を開くわずかに花のありかまで」の句に、岡潔は考古学者でもあった俳人の学問のうえでの理想を読み取っている。「サイレンの丘越えてゆく別れかな」は最後に岡が治宇二郎を見舞った1935年の夏に詠まれた。

2017年7月2日

タワーズマルシェ@むさしの

こんばんは。今日はお知らせで更新です。


7月15日の土曜日、三鷹北口の武蔵野タワーズ公開空地で開催の「タワーズマルシェ@むさしの」に古本の棚を出させていただくことになりました。今回で5回目となるタワーズマルシェですが、弊店ははじめての参加。よろしくお願いします。会場は水中書店からも歩いてすぐの場所です。ぜひセットでまわっていただきたいです。

今回のマルシェは初めての夜の部とのことで、スタートは16時。お酒や軽食のお店もたくさん出されるそうで、とてもたのしみです。ぜひぜひ足をお運びください。
水中書店は新しめの文芸、マンガ、サブカルなどを持っていくほか、「最近店主が読んだ本」の棚もつくってみよう、などと考えていたりします。まだ準備をはじめたばかりなのであくまで予定ですが。

夏の夜、お酒を片手に雑貨屋や古本屋を冷やかしながらの散歩、とても愉しいのではないでしょうか。自分もビールなど飲みながら売り子を務めたいところですが、撤収作業でも車をつかうのでガマンしようと思います。

2017年7月1日

積読考

四月以降か、積読を減らしていこうと考え、そういう風にしてきたのだけれど、その結果積読がもたらしていた豊さと呼べそうなものもあり、それが失われてきているという実感に至る。オンライン書店から届いた本を封も開かずに部屋の隅に積むというのなら話は別だが、通読せずとも表紙を撫でたり、著者の略歴や解説にだけ目を通したり、なんとなく指の引っかかったページから拾い読みをしたり、そういうのはやはり読書的な営みだと思う。積読を避けるために本を買い控えると、そういう機会も減る。セックスなしでもペッティングしていたら浮気、みたいなもので、通読なしでも積読していたら読書と言い切ってしまって構わない。そういう気持ち。

2017年6月26日

月曜日

月曜日。つかれている。今日を乗り越えたら、明日は本を買う。絶対に買う。

2017年6月20日

図書館に行った話

午後から妻と待ち合わせて、武蔵境の武蔵野プレイスへ(定休日の話です。念のため)。武蔵野プレイスは(くわしくは知らないのだけれど)一階のカフェでおいしいパンケーキを食べることのできるきれいな図書館です。わたしは図書館に行くときにも手持ちの本を読んでばかりで、ちょっと目線を移したいときに書架から一、二冊抜き出してきたり、ということが多い。今日は読みさしの千葉雅也『勉強の哲学』のつづきから。途中、書架から2007年に出ていた道の手帖『正岡子規』や饗庭孝男の評論集などを持ってきてパラパラと頁をめくる。こういうのがたのしい。夕方までそういう風に過ごして、千葉雅也『勉強の哲学』、リディア・デイヴィス『分解する』を読み終え。特に『勉強の哲学』は面白く読んだ。突き詰めると限りがなくなるはずの「勉強」を有限にするために個人の享楽が必須であるという話、そしてその享楽的なこだわりは、自分の興味関心の変遷や背景を反省していくことである程度変化させることができるのではないかという話に引き込まれた。そういうことで、今日はめずらしく本を一冊も買わず、替わりに池田澄子のエッセイ集を借りて帰路についたのでした。

2017年6月14日

空梅雨

「六月は学校が休みになる祝日がないから嫌いだ」というような台詞が『ドラえもん』にあるのだけれど、まあ、店などやっていると基本的に定休日のほかに休むことなどないうえに休めば休むで日銭が入ってこないわけで、六月に対しては好きも嫌いもなく、強いて言うならば紫陽花が美しい季節だという点では好きで、雨が降りすぎると売り上げが落ちるという点では嫌いです。それにしても、今のところあまり降らないですね。空梅雨になるのか、まだまだこれからなのか。それではまた最近のことを少しずつ書いてみます。


Aさんは近所にお住まいで、たまに寄っては詩集や句集を買ってくれたりする。もともとは音羽館によく足を運んで下さっていてこちらは顔を覚えていた。ある時、神保町で見かけて思わず話しかけて店のことが書いてある名刺を渡したのが縁で(自分にしては思い切ったものだ)足を運んで下さるようになった。はじめて来て下さったとき熱心に棚を見て、お会計の時に「ここは三井葉子があるんだからね」「いいよね」と笑ったのが印象的で、うれしくて、忘れられない。そのAさんが先日ある句集を見つけて、「これをずっと探してたんだ」「こんなことがあるんだ」「信じられない」とこれもまたAさんらしい屈託のない喜びようだった。目をきらきらさせて。こちらまで、胸がドキドキした。


そんなAさんの喜びようを目の当たりにしたものだから、Oさんと「見つけたときにあれだけ喜べるような探している本はあるだろうか」という話になった。「伊藤重夫かな」「なるほど」などと話していると、「伊藤重夫の『踊るミシン』復刊しますよ!」と売り場から声が。声の主は常連の男の子で、伊藤重夫の『踊るミシン』を復刊するためのクラウドファンディングが行われていると教えてくれた。早速わたしとOさんはそのクラウドファンディングに参加したのだった。


古本屋で働いていると名前の読みかたが変わっている作家をたくさん知ることになる。Oさんははじめて知る名前も多いようで、いちいち新鮮に驚いてくれるのが面白い。折口信夫、古山高麗雄、山川方夫、尾崎秀樹あたりはそういう話題の定番か。関係あるようであまり関係ないが、Oさんは俳号に「――子」と付くのを女性だと思い込んでいたそうで、俳句雑誌の巻頭グラビアを見て「女性だと思っていたひとが全員おじいさんだった」と言っていた。


最近の読書の話。ジェイン・オースティン『自負と偏見』を新潮文庫の小山太一による新訳で読んだ。「精緻な人間観察」とよく言われるあれこれだが、あるひとがこういう見方をしていて、それがあるきっかけで全くの別の見方をするようになる、というとてもシンプルな話法がなぜこれほど魅力的なのだろう。600頁を超える長編を飽きることなく一気に読み終えた。誰かと感想を分かち合いたい気分。ああ、それからエリザベスがミスター・ダーシーの留守中の邸宅で彼の肖像画を見る場面がとてもよかった。肖像画のなかから向けられる、その生き写しの眼差しに晒されることで彼の誠実さを思い知る。とても美しい場面で、後半の白眉だと思った。次は何を読もう。考え中。

2017年6月8日

『隔月新聞ごはん』のこと

こんにちは。ちょっとお知らせです。南口のリトル・スター・レストランが発行している『隔月新聞ごはん』の新しい号で、よもぎBOOKSさんといっしょに「新・本のソムリエ」というコーナーを担当させていただくことになりました。今配布中の号では「料理」をテーマにそれぞれ一冊ずつ紹介しております。リトル・スター・レストランのほか、まほろば珈琲、こいけ菓子店、よもぎBOOKS、みたか観光案内所、そして弊店でお配りしています。ぜひお手に取ってご覧ください。


リトスタは(ご存知の方も多いとは思いますが!)南口のごはんとお酒のお店です。家族で、ひとりで、友人と、子どもを連れて、いろいろなひとにとって居心地のよいお店で、ほっぺたが落ちるほどおいしい家庭料理やおつまみがあります。ぜひ。

2017年6月6日

購書日記(5)

定休日の火曜日。午後から妻と映画へ。後に渋谷のSHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERSへ。ここでは立ち読みだけで買うに至らず。新宿へ移動して紀伊國屋書店へ。2階でUさんにご挨拶。お互いの近況報告や読んで面白かった本の話など。棚を見ているうちに高ぶってきて、『飯島晴子の百句』『藤田湘子の百句』『安藤元雄詩集』『ユリイカ』総特集「大岡信の世界」を買う。最近の読書の話も。川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』を面白く読んだ。愛と継承、小説の力、小説にはこれだけのことが描けるのだよ、ということ。今までに読んだ川上弘美のなかで一番好きかも知れない。アディーチェの『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』は恥じ入りながら読んだ。自分がどれほどジェンダーの問題について無自覚であったかということを。フェミニズムについては分かっているふりが最も危険。省みることをやめてはいけない。そんなこんなで、ここのところ読み終わったのは2冊、買ったのは4冊で積読は微増。ちなみに今手をつけているのは新潮文庫の『高慢と偏見』。

2017年5月30日

購書日記(4)

読むスピードを買うスピードが上回ってしまうのが道理で、積読は微増の一途をたどるのだけれど、マンガだけは読む、買う、がほぼ同じぐらいのペースになる。そういうわけでマンガの話。つゆきゆるこ『ストレンジ』、春泥『ガンバレ!中村くん!!』、なかとかくみこ『塩田先生と雨井ちゃん』2巻を読む。『ストレンジ』は男同士の友情を共通のテーマにした短編集で、厳密にはBLではないのだけれど、BLは好きだけれどエロは不要と常々考えている自分にはとても面白かった。『ガンバレ!...』はOさんから見せてもらって画が気に入り、買おうと決めていた。私屋カヲルの『少年三白眼』を思わせる懐かしいキャラクター・デザインが好ましい。めちゃくちゃオススメ。『塩田先生...』も画が少しだけノスタルジックで、ギャグのお約束感がたまらない。話は替わって、マンガを探し求め、ひさびさに吉祥寺のジュンク堂に行ったときのこと。ついでと思い文芸のコーナーを見ると、前に来たときよりも詩歌の棚がかなり小さくなっていた。むむむむ。

2017年5月29日

五月

もうすぐ五月もおわり。このふた月のことを思うと、スタートと同時にやや体勢を崩し、その体勢を崩したままでどうにか走っているというような感じで、こころがおぼつかない。いつもこんなことばかりで、本当ならばうつくしいフォームで颯爽と走りたいのだけれど、これがほんとうに難しい。それでもどうにかやっていられるのは、やはりいつも本を買って下さるお客さまのおかげで、店員のおかげで、家族のおかげなのだと思っています。感謝。


20日の土曜日。とても暑かった土曜日に、Oさんに店番を任せ、高円寺コクテイル書房でのイベントに足を運んだ。岡崎武志さん、pippoさん、北條一浩さんの詩についてのトーク・イベントで、とてもよかった。在りし日の「ぽえむ・ぱろうる」の話。岡崎さんがはじめて詩というものに惹かれたのは鉄腕アトムなどのアニメの歌の歌詞だったのではないかという話。pippoさんが昆虫が好きで(初耳!)昆虫をモチーフにした詩を書いていたという話。行ってよかった。自分が詩を好きになったきっかけを思い返したりすることもできた。


このあいだの火曜日、大通りに沿って歩いていて紫陽花が立派に咲いているのを見かけた。大きさは立派でも色づきかたは浅く、季節と季節のあいだのうつくしさを見たような気がした。手元の歳時記によると紫陽花は夏の季語。別名に「七変化」「四葩」「手毬花」。例句として引かれているのは「紫陽花に馬が顔出す馬屋の口」(白秋)、「鍛冶の火を浴びて四葩の静かかな」(風生)、「紫陽花の浅黄のままの月夜かな」(花蓑)など。「四葩」という言いかたをはじめて知った。「よひら」と音もやわらかで気に入ってしまった。


その流れで俳句の話。Uさんからいただいた『青新人會作品集』をゆっくりと読んでいる。波多野爽波が主宰した『青』に発足した新人の会が刊行した合同句集で、今日はそのなかから鎌田恭輔のことを。「萍や紙漉きとうにすたれたる」「掃苔や日翳ればまた波の音」「城址とは風吹いて水澄むところ」などの過去への想いを透明感のある季語とともに詠んだ句に惹かれた。「日盛の庭掃く音も水の辺に」「青空のにごりを思ふ朝寝かな」などは風邪が治った後の、妙に頭のすっきりしているときのような物ごとの把握が思い出されてたのしい。次は岸本尚毅の作品を読んでみようと思う。


最後にあるひとたちとの印象的な出会いについて書きたかったのだけれど、相手のいることなので書いて構わないことなのかどうなのか、という気持ちにもなり、今日はここまで。機会を改めて書くかも知れず、書かないかも知れず。そんなこんなで、忙しくもどうにかやっています。このブログはお知らせや身辺雑記を軸に、少なくとも一、二週間に一度は更新していこうと思っています。よかったらまた覗いてください。ではでは。

2017年5月26日

新しい本

水中書店では、古書のほかに新刊書籍やリトルプレスも取り扱っています。今日はそのなかからいくつかを紹介させていただこうと思います。ほんとうは入荷してすぐにこうして紹介できれば一番なのですが、なかなか手がまわらず、すみません。ゆっくりやっていこうと思います。


小池正博の本

句集『転校生は蟻まみれ』(編集工房ノア)
2,160円(定価)

句集『水牛の余波』(邑書林)
1,000円(特別価格)

柳人、小池正博さんのことは瀬戸夏子さんから教えていただきました。少し前のことです。その名前を頭の片隅におき、別の日にたまたま池袋のジュンク堂でセレクション柳人シリーズ『小池正博集』を見つけて、立ち読みして、「これは面白い」としずかな衝撃を受けたのでした。2016年に編集工房ノアから句集『転校生は蟻まみれ』を出されていることに気づきすぐに注文しましたが(弊店ではノアの本を新刊で扱っていますので)、まもなく版元品切れに。途方に暮れているときに小池さん自身のご厚意で、著者在庫を卸していただけることになりました。
「泥の穴蜂が入っていく浄土」(『転校生…』)、「常温の寂しさ 絵合わせだろう」(同)、「水牛の余波かきわけて逢いにゆく」(『水牛の…』)、「曇天の蜜柑畑に皇子の骨」(同)。
こうして小池さんの句集を棚に並べることができ、うれしいです。小池さん、瀬戸さん、そして大阪の葉ね文庫さん、ありがとうございました。


俳誌二冊

『オルガン』2号、4号、5号、6号、7号、8号、9号
1,000円(定価)

『奎』創刊号
1,000円(定価)

『オルガン』は福田若之、宮﨑莉々香、宮本佳世乃、生駒大祐、田島健一、鴇田智哉による俳句同人誌です。
その存在を知ったのは、S書店のFくんから教えてもらったのが最初だと思います。すぐに新宿の紀伊國屋書店でそのときに出ていた5号を買い、一読とても好きになりました。座談会では毎号それぞれに興味深いテーマが選ばれ、何よりも同人の俳句そのものに同時代文学としての一歩踏み込んでくるような感動を覚えたのでした。「蝶といふ呼称少しく水含む」(生駒大祐)や「手の書きし言葉に封をする手かな」(鴇田智哉)などの句が特に好きになりました。
最新号の9号では、歌人の斉藤斎藤を招いての座談会が行われています。短歌に関心のあるひとにもおすすめです。
『奎』は小池康生を代表にして、主に関西地方の若手俳人が集まり創刊された俳句雑誌です。100頁をこえるボリュームに、30名以上の同人作品とそれぞれの創刊に際してのことば、稲畑汀子へのインタビュー、連載評論と、とても充実した内容です。ここでも好きな句を見つけましたが、あまり長々と書くのもよくないのでは、などとも思い、このあたりで。
今気づいたのですが、この文章から敬称が略されていますね。文体が定まらず、すみません。


ゆめみるけんり

『ゆめみるけんり』Vol. 1
300円(定価)

『ゆめみるけんり』は今一番ひとにすすめたいリトルプレスのひとつです。本誌はR・フロスト、A・ブロークらの詩、N・フョードロフの評論、ミケランジェロの短文、F・ペソアのプロットのほか、ドローイングや詩などの創作で構成されています。彼らのマニフェストに耳を傾けてみましょう。
「"どうやって?"と私たちは呟くことになります。通勤電車、満員のなかでどうやって詩を擁護していけるというのか?」「私たちは、個として、朝起き、地獄のような電車に乗り、会社に入り、仕事をし、会社から出て帰路につく。そのルーティンには、詩の入り込む隙間がありません。」「しかし思うのです。この人を人とも思わぬ満員電車の最中で、社会のなかで、それでもなお、私には詩への権利がある。」「それはしかし、社会的なものに反対するものとしての詩ではありません。私たちには生活があり、社会があり、その第三の道オルタナティヴとして考えてみたらどうでしょうか。私たちにとって詩は生きる経験だ、とても脆く危ういが、それは私たちの可能性だ。そういうことを愚直に、あいもかわらず、信じ続けていけるために。」
彼らのこうした考えに、わたしはとても共感します。このちいさな詩の本を、ぜひ弊店で手に取っていただきたいです。巻頭のエピグラフには、もちろんバシュラールが引かれています。


もっともっとたくさんの本を紹介したかったのですが、体力と時間が無くなってしまったので、今日はここまで。また仕事の合間に、こういう風に紹介していければと思います。ではでは、今日のところはおやすみなさい。

2017年5月23日

購書日記(3)

定休日。午前中は仕事。合間に金井美恵子の『待つこと、忘れること?』を読み終え。ここ数日、ひょんなきっかけで読み直していた。この作家への愛憎入り混る複雑な気持ちを確認しつつ。午後はある計画のために同じ中町のテオレマ・カフェの店主さんに時間を割いていただく。これについてはまた別の機会にくわしく。夕方前に荻窪のTitleへ。随分ひさしぶり。前々から気になっていたアーザル・ナフィーシー『テヘランでロリータを読む』と、チママンダ・アディーチェ『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』の二冊を買う。余談だけれど、四月からいっしょに働いている店員のOさんは女性で、そこではフェミニズムの問題を無視することはできないという気持ちが強まってきている。この本が、そうした避けることのできない問題への水先案内人となってくれるだろうか。で、店内のカフェで読書。読みさしの松本清張の短編集を読み終え。目あての「菊枕」はいわゆる「俳壇」へのゴシップ的関心のほか、あまり感じるものがなく不快だったが、芥川賞受賞の「ある「小倉日記」伝」など収穫もあった。その後は同じ青梅街道沿いの古書モンガ堂まで歩き、石田波郷全集の端本と田中冬二の詩集を買う。少し買いすぎた。まだ書きたいことはあるのだけれど、今日はこのあたりで。

2017年5月16日

購書日記(2)

定休日。13時に歯医者に予約してあり、それまで読書。ハインラインの『夏への扉』を読み終え。爽やかな読後感。ひとを憎む気持ちよりも、ひとを慕う気持ちのほうが多くの場合には生産的なのだ。それにつけても福島正実の訳文の軽やかさ。宮田昇の『戦後「翻訳」風雲録』を読んで以来、この翻訳者であり編集者、SF作家でもある人物の文章に触れてみたいと思っていた。素晴らしい出会いだった。歯医者の後はテオレマ・カフェへ。水中書店のお客さんと話すと、三鷹に来て水中書店のほかどこへも寄らずにとんぼ返りしてしまうひとが多くて、常々もったいないと思っていた。たとえばこの北口のテオレマ・カフェに足を運んでほしい。損はさせない。わたしが保証する。その後は妻との待ち合わせまでのあいだ、南口の啓文堂へ。大浦康介『対面的――〈見つめ合い〉の人間学』とヴァージニア・ウルフ『灯台へ』を買う。『対面的』は相対すること、眼差しを交わすことをめぐる断章。Oさんにすすめられて興味をそそられた。Oさん自身はみすず書房のInstagramで知ったのだそう。Instagramで自社以外の本も紹介しているみすず書房。すてきだ。夜は妻とリトルスター・レストランへ。本やこれからの愉しみの話。とてもよい休日だった。

2017年5月9日

購書日記(1)

定休日。午前中に洋書会への出品で神保町へ。三鷹へ戻ると歯医者の予約時間まで間があり、カフェで読書。ヴァージニア・ウルフ『船出』を読み終え。物語の佳境を迎える直前の、ある船上での夜の描写につよく打たれる。夕方、妻と中野で待ち合わせ。まずはあおい書店で文芸書の棚を眺める。桐野夏生『夜の谷を行く』、恩田陸『蜜蜂と遠雷』など気になるが、悩んだ末に川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』を買う。出てから一年以上になるが、今がタイミングのように思え。その後、早稲田通り沿いの古本案内処へ。トルーマン・カポーティ『誕生日の子どもたち』と松本清張『或る「小倉日記」伝』の二冊を432円で購入。カポーティはこの前『ティファニーで朝食を』を読み直し、改めて感動させられたのだった。清張は芥川賞受賞の表題作よりも、ある女流俳人の苦悩を描いた短編「菊枕」が目あて。どちらも読むのがたのしみだ。と言いつつ、読みはじめたのはハインラインの『夏への扉』。先週立川のオリオン書房で買ったもの。福島正実訳に引き込まれる。夜、食事をとりながら妻と古本案内処がどれほどたのしい古本屋かという話で盛りあがる。

2017年5月3日

四月中旬以降のこと

この半月ほどのことを、あまり順序立てずにつらつらと書いてみます。まずは店の現状のこと。自分のほかに従業員がほぼ常にいるということに、少しずつ慣れてきた。従業員のほうから「慣れてきましたね」などと言われてしまうのだから、まあ間違いないはず。すべて自分でやらなければ、と三年間ずっと力が入っていたのが少しずつ抜けてきたような気分。棚もひとりの人間の思考回路から外れ、これも少しずつ、複数のひとの手で作られたものへと変わってきているようで、これがたのしい。そんなこんなで、ちょうど月が替わりましたが、どうにか二人分の給与をひねり出せました。足を運んで下さったみなさま、本を買って下さったみなさま、本当にありがとうございました。


話は替わって、ここのところ、毎週金曜に八王子まで出張買取に行くというのが三週つづいた。八王子のなかでも東のほうで、有料道路を避けても車で一時間強ほどで到着する。たとえばEarth, Wind & Fireのベスト盤をかけながら行くと、ちょうど聴き終わるころに着く。国道沿いに大きな居酒屋やファミレス、ちょっとした娯楽施設がたくさんあり、自分がそこで暮らしているとしたらどういう風な生活をしているのだろう、などと想像してみたりもした。


出張買取の話になったので、先日品川へ行ったときのことを。品川は駅前の高いビルがたくさんある風景の印象がつよくて、住む場所として想像できずにいた。もちろん同じ区内でも地域によるのだろうが、今回足を運んだ一角はとてもすてきな町だった。歩道の広い通り沿いには葉の生い茂った木が立ち並び、小学校があったかと思えば洒落た飲食店もあったりする。マキヒロチの『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』は、吉祥寺で不動産屋を営む姉妹が毎回部屋を探しているひとに吉祥寺ではないほかの町の魅力を伝えることが、読者にも同じようにそれらの町の魅力を伝えることになるような構成のマンガでとても面白いのだけれど、はじめて読んだときに感じた既視感、既読感が気になっていた。今思うと、それは出張買取によるものだったような気がする。買取でいろいろな町へ行くと、その都度それぞれの町に魅力があることを知り、少し住みたくなる。


Mさんから聞いた話を。常連のMさんは仕事が終わった後によく赤ら顔で寄ってくれて、本の話もする。少し前に野見山暁治をすすめるととても気に入ってくれた。そのMさんが館山の実家の近所の回転寿司でひとりでいるとき、隣の席の男性が『続アトリエ日記』を読んでいたのだそうだ。迷った末に話しかけてみると、木更津で展覧会があり、その日は野見山暁治さんのトーク・イベントの後、そのまま帰るのが惜しいような気持ちになり館山まで足をのばしたということらしい。ほんの短い時間、野見山暁治や本の話に花を咲かせて別れたという。好きな画家の話に直に耳を傾ける機会に恵まれ、高揚した気持ちのやり場に困り、「ちょっと」とは言えない距離を移動して、そういう風にしてきた男性のことを思うと、なんだか堪らないような気持ちになる。


俳句のこと。市場で落札した本のなかに、裸本の寺山修司の句集があり、そのままツブすのも勿体なくて、ある火曜日に一日かけて読んだ。「目つむりいても吾を統ぶ五月の鷹」「燃ゆる頬花よりおこす誕生日」「父を嗅ぐ書斎に犀を幻想し」「沈む陽に顔かくされて秋の人」「木の葉髪書けば書くほど失えり」「かくれんぼ三つかぞえて冬となる」「書物の起源冬のてのひら閉じひらき」「軒燕古書売りし日は海へ行く」など、好きな句をノートに書き写す。


最近の読書。佐藤正午『月の満ち欠け』を面白く読んだ。生まれ変わりをモチーフにした、少し怖くて少しロマンチックな話。出たばかりの長編小説を一気に読むということ自体もひさびさで、それも嬉しかった。ヴァージニア・ウルフ『船出』は今ちょうど読んでいるところで、上巻が終わって下巻の途中。訳文に馴染めず、例によって登場人物がとても多いこともあり、四苦八苦しながら。とは言え、面白いです。並行して読みはじめたのは朔太郎の『詩の原理』。これも面白い。今月はもう少し本を読む時間をとることができるといいのだけれど。

2017年4月15日

この春のことなど

春という季節があまり好きではなかった。出会いと別れだとか、新生活だとか、要はそういう有無を言わさないような環境の変化が苦手だった。ここ数年でそういう気持ちが変化してきたのは、ひとりで働くようになり、有無を言わさないような変化をつよく感じることがなくなったからで、そうすると気持ちに余裕もできて、柄にもなく季節の花を見てうつくしいと感じたりなどしている。今年は出張買取に向かう車のなかから白木蓮をたくさん見た。いろいろなところで見た。


三月のおわりにTwitterをやめた。いろいろと考えた末、というつもりで、それについてはまた考えがまとまった頃に書いてみようと思う。これまで読書が捗らないのをTwitterのせいにしてきたこともあり、ここで読まなければどこで読むのか、という気持ち。この半月ほどで面白く読んだのは、リャマサーレスの『黄色い雨』、岸政彦の『ビニール傘』、トルーマン・カポーティの『ティファニーで朝食を』。今は詩のようなことばで書かれた散文にこころを惹かれているようだ。


花の話も出たので、というわけでもないのだけれど、俳句のことを少し。年の暮れから俳句をつくりはじめて、実はあまり捗っていません。今は忙しいせいにしつつも、実際のところはどうなのか。句集を読むことはしていて、最近は飯田龍太、小澤實をよく読んでいます。龍太はこの冬に池袋のジュンク堂で買った『飯田龍太全集』1巻(角川書店)で、實は随分前に新宿の紀伊國屋書店で買った『小澤實集』(邑書林)で。少し前衛寄りのものが恋しくなってきた今日この頃。これも紀伊國屋書店で買った田島健一『ただならぬぽ』を繙く頃合いなのか、どうなのか。あと、葉桜がうつくしいここ数日は、中尾寿美子の「葉桜や家出をおもひ家にゐる」という句をよく思い出します。好きな句です。


そして四月からフルタイムの従業員を雇うことに。Oさんは大学の後輩で、どことなく自分に似たところがあり、お互いに人見知りせずに済んでいる。今は店番をしてもらったり、本をきれいに磨いてもらったり、値付けをした本を棚に並べてもらったり。自分は棚づくりに妙なこだわりがあるので、ほかのひとに棚を触ってもらうことについて不安もあったが、これは取り越し苦労だった。Oさんなりに棚づくりを愉しんでくれているようで、彼女が帰った後に棚を見ると、自分では思いつかなかったような、それでいて面白い本の並びに新鮮な驚きを感じる。「なるほどー」「たしかにー」「これなら売れそうー」などと声に出さずに思いつつ。


その四月もそろそろ後半戦。肩の力を抜いていきたい。

2017年3月30日

海鳴り 29号



編集工房ノアのPR誌『海鳴り』の29号が届きました。部数に限りがあるため、今回はフリーペーパーとしての配布はせず、弊店で新刊の編集工房ノアの本をお買い上げの方にお配りしようと思います。この機会にぜひ、ノアの本に触れてみてください。

2017年3月28日

火曜日ですが

本日(3月28日)は火曜日ですが営業します。14時から20時頃を目安に、ゆっくりやろうと思います。理由は察してください。月末ですし、ただでさえ納税月間ですので。こういうお知らせにはブログは不向きで、SNSをやめてしまったことがいささか悔やまれもする春日です。

2017年3月12日

買取用のチラシをつくりました

四月から店の運営の仕方を少し変えていこう、と思い立ったのは二月のはじめのことで、本当に些細なことから、割と大きなことまで、ここのところ少しずつ準備をしている。その一環ということで三月末から四月のあたまにかけて、買取のためのチラシを配ることに。そのデザインが完成したので、よい機会と思いブログを書きはじめた次第です。これからはもっと小まめに店の近況などをここで報告していきたいです。 で、チラシのデザインがこれ。



デザインはヒロイヨミ社の山元伸子。とてもよいものになったと思う。そういうことで、水中書店では随時、本の買取をしております。絵本から現代思想まで。なんでもご相談ください。