2017年11月25日

営業時間の変更のことなど

12月から営業時間が変わります。元々の営業時間から開店と閉店をともに一時間早めて、11時開店、21時閉店。特に夜にお越しいただく際はお気をつけください。いつも夜遅くに来るMさんにそのことを告げると案の定の大ブーイング。諸々説明して納得していただく。自分も学生時代や会社に務めていた頃は、遅くまで営業している古本屋がありがたかった。閉店時間を早めることの心苦しさもあるが、ここは「理」よりも「利」を取ったかたち。Yさん、Sさんにも前もって言っておこう。いろいろなことを思いつつ、もうすぐ12月。2017年も残りわずか。


最近俳句に興味を持ったという若いひとと話していて、高濱虚子が意外と読めなくて困る、という話題になった。岩波文庫の『虚子五句集』上下二冊はともに版元品切れで重版再開待ち。こういうときこそ古本屋の出番で、ぜひ探してみてほしい。もちろん弊店で仕入れられるように頑張ってみるつもりだけれども。ちなみに自分は最初、古本屋で買った中央公論社『日本の詩歌』の端本で読んでいた。これには「五句集」からの抄出が出ていて解説も有難かった。うす紫色の函と表紙、四六判よりもやや小柄な判型と、造本も可憐。


近所の新刊書店で本を買おうとして、そこで働かれている店員の何人かの方が、弊店の常連の方だと気がついた。極端な話、自分は古本屋は新刊書店のひとからは嫌われたとしても仕方がないと思っていたので、だからそういう風にふつうに店に足を運んでいただいているのがとてもうれしかった。本が好きなひとの多くは新刊、古本の分け隔てなく本を買うはず。自分も新刊で欲しい本がたくさんあるから、頑張って古本を売ってお金を稼ぎたいと思う。うまく共存していければいい。ちなみにその時はOさんへの誕生日プレゼントで絵本を買いました。


某日。大阪・葉ね文庫で池上さんから弊店を薦められて足を運んで下さったという方が立て続けに来店。ありがたい。葉ね文庫は大阪の中崎町にある不思議な本屋。詩歌俳句に力を入れつつ、新刊、古書、リトルプレスのそれぞれに同じぐらいづつ棚と力を割いているようなイメージで、傍から見るとそのバランスが絶妙と言うか、やろうと思ってできるものでもなさそうな棚づくり。東京にお住いの詩歌俳句読者のみなさんも、ぜひ大阪に足をのばすときには葉ね文庫にも寄ってみてください。ほんとうに面白いお店です。


雨の日は読書を、ということで冷たい雨でお客さんの少なかった過日はゆっくり本を読んでいた。伊藤詩織『Black Box』は興味深く読んだ。2015年に起こった準強姦事件の被害者である著者が、その事件と捜査、その後逮捕状が出されたにも関わらず逮捕がなされず容疑者が不起訴処分となるまでのことを綴ったもの。警視庁の人間による不当と思われる諸々の判断をめぐるルポとして読み応えがあり、また性犯罪の被害者をめぐる環境がまったく準備されていない(制度的にも人間感情的にも)現状の告発という点でも勉強になった。


もう一冊。トーマス・マン&渡辺一夫『五つの証言』(中公文庫)はマンのエッセイに渡辺のエッセイとそれを踏まえた中野重治との往復書簡をあわせたもの。反戦のユマニストの主張は今なお色あせない。「これ(資本主義)が多くの人間を不幸にするようなところまで硬化してきた以上は、進んでこの制度を変えるか棄てるかせねばならない。人間のくせにこの制度の奴隷となり機械となって、この制度の必然的結末とも言える戦争まで起すことは、笑うべき愚挙である」。共産主義に傾倒していた時期の一文で、もちろん省みるべき点はあるとして、感情的には今の自分が読んでもとても理解できる。


常連のTさんが職場の花屋で扱っている花の写真をいろいろと見せてくれた。自分は植物は問答無用で枯らせてしまう人間なので憧れるだけだが、その憧れるというのがとても大切な気がした。本もそうで、装丁の美しさや可愛らしさに憧れたり、きっと自分が知りたいことが書かれているはず、というそこに綴じられた秘密に憧れたり、そういう気持ちが本を手に取らせるのだと思う。普段あまり使わない言葉を連呼したせいか、トリュフォーの『あこがれ』が見たくなってきた。ユスターシュの『サンタクロースの眼は青い』も。あのダッフル・コートへの強烈な憧れ! 話が脱線したところで、今日はここまで。

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